知勇兼備  三蔵編





「三蔵」そう呼べば 貴方はいつでも 振り向いて 私を見てくれる。

その瞳は 己に与えられた 任務を遂行すべく 

突き進もうとする 強い意志を持った 紫の水晶だ。

私の好きな色 そう思うようになったのは、三蔵の瞳の色だからだろうか・・・。

表情を上手に 出せない人だから、その瞳が 語るものは 意外と多かったりする。

三蔵の心のうちを 知ろうと思ったら、その瞳に現れる 光の変化を見るしかない。

笑っているときは 明るみをおび、寂しく 悲しい時は どこまでも暗く 

何も映さないように見える。

でもその瞳が 一番美しいのは 怒りが浮かんでいる時だ。

瞳の中で 炎が揺らめくようにさえ 見える。

悟浄に 弾丸を撃っているくらいでは 炎など微塵も 燃えないが、

強く卑怯な相手には 業火を燃やし 容赦がない。






その炎の色は あくまで 冷たい青紫色だ。

三蔵の中で どこまでも 研ぎ澄まさせた冷静な心が 燃えるためだと思う。

我を忘れない 強い心で この旅の仲間を 統率しているんだと 感じる。

でも 私以外の3人を 下僕と呼び、意外と厳しいのには 最初は驚いたけれど、

その炎が 私たち4人に 向けられることはないのが せめてもの救いだ。

仲間だと 思っているはずなのに それを照れて言えないのだと わかってしまえば、

この4人ほど 固い絆で 結ばれている 仲間はいないと 思うようになった。






三蔵は 嫌がるけれど 人間である彼は 体力も身体の抵抗力も弱い。

それを 黙って3人は 補っている。悟空の三蔵に対する 想いは、私のものと違って

絶対の信頼とでも言えるものだ。

3人に劣っているところを、三蔵は 精神力と知力で しのいでいる。

その 4人のバランスは 『寄せ集めだ』と言っていた 

観世音の思いを凌駕しているだろう。

だからこそ 観世音が 肩入れしたくなるのも わかる。







私と2人でいるときの三蔵は 他の3人には 見られたくないだろうと 思うほどに、

甘く優しい 空気をまとっている。

だから他に誰かがいるときには、仲間以上の親密さを見せないように私も気遣っている。

八戒や悟空は 私たちを見守るだけのようだが、

悟浄にいたっては 必ず 揶揄するからだ。

まあ それが 悟浄の悟浄たるところなのだけれど、三蔵も悟浄も

そこのところは 全然 学習していない。

いつも 同じ事を 繰り返しては、無駄に 銃弾を使っている。

兄弟喧嘩のようにさえ 見えてしまうのは 八戒の視点に なっているのかしら・・・。







運転に疲れた 八戒の頼みで 今日は 私が買い物に出掛けることになった。

買うものも 少ししかないし、いつも 宿で三蔵と留守番で いたから たまにはいいかなと

引き受けてあげたのだが、珍しく 三蔵も一緒に行くと言ってくれて、

2人して 出掛けることになった。

三蔵は「ちょっと待ってろ。」と言うと、法衣を私服に着替えて出てきた。

「わざわざ 着替えなくてもよかったのに、どうして 法衣をぬいだの?」と尋ねれば、

「法衣の俺が 女と歩けば、が どういう目で見られるか わかっているからな。

をそんな安い女に 見られたくはねぇんだ。」と 答えが返ってきた。

そんな優しい事を 言ってくれるなんて、私 自惚れてもいいのかな・・・・三蔵。







三蔵が 法衣で私を連れて歩けば、僧は 女人禁制なのだから 破戒僧だと思われる。

こんな世の中だし そういう僧は、いまどき珍しくも無い。

三蔵は ひとめを気にする方じゃないし、お酒も煙草も 不殺生を破り銃さえ撃つのだから、

いまさら 女戒など気にもしないだろう。

堂々と 女性と暮らしている僧もいるほどだ。

ただ 相手の女性は 堅気じゃない事になってしまう。

愛人か囲われ者として 見られてしまうことが多い。

自分は どう見られてもいいと思っているくせに

私のことは それでは嫌だと思っているらしい。

そんなところに 私への愛情を 感じてしまって、三蔵の気持ちが くすぐったい。






それに 私服の三蔵は 本当にかっこいい。

こうして 一緒に歩くと すれ違う女の人の目がうるさい。

あらためて 惚れ直してしまいそうだ。

金髪の柔らかい髪に、紫の強い光を宿した瞳、常に法衣をまとっているせいか

日に焼けて無くて白い肌、お寺で育ったためか ストイックな感じがする。

顔の造りも 美丈夫と言ってもいいほどだし、男の人だから ガッシリはしていても

スレンダーで無駄の無い身体で たまに着替えなんか見ていると、

私のほうが 恥ずかしくなるほどで、それを見た悟浄に からかわれたくらいだ。






頼まれた 買い物も後1つで終わりになって 目的の煙草も置いている雑貨屋に着いた。

「俺が買ってくるから、ここで 待ってろ。」そう言ってくれたので、荷物を持って

店の向かいで待っていると、男性2人が 声を掛けてきた。

「一緒にお茶でも行かない? おいしいところを知っているんだ。」

すご〜く古い誘い文句に 思わず笑っていると、「へえ〜、笑うとすご〜く可愛い感じになるんだね。

益々 俺の好みだな〜。」と 2人して話している。

すると その2人の後ろから「ほう〜、奇遇だな その女 俺も好みだ。」と、

買い物を終えた 三蔵が 不機嫌そうに 立っていた。

くわえ煙草で 睨まれたら、その辺の男には 太刀打ちできないものがある。

例の2人組みは 早々に 退散して行った。







「やっぱり を1人にはできねぇな。おちおち 煙草も買ってられねぇ。」

いかにも 面白くないといった 様子で、宿に向かっての帰り道。

宿の裏手の川原に来た時に 不意に立ち止まった 三蔵は、

「これ にだ。」と言って 手のひらに乗るほどの紙袋を 胸のポケットから出して、渡してくれた。

「開けていい?」と尋ねれば、黙って頷く 三蔵。

袋の中からは 錦で出来た袋の匂い袋が 2つ出てきた。

「三蔵 ありがとう。」とお礼を言うと、耳元に唇を寄せて「は 俺の好みなんだが、

いい匂いがする女は もっと 好みなんでな。それは 香水ほど匂わないが

俺が抱いた時だけ 匂うからいいんだ。」と囁いて、耳たぶを噛んで離れていった。






自分でも 頬に朱が上るのがわかる。

何も こんな風に 愛情を示さなくてもいいのに、三蔵は ずるい。

「三蔵の馬鹿!」つい 憎まれ口を利いてしまうと、

は そんな馬鹿が 好きなんだろう?」と 

俯いていた顎に 手を掛けられて、上を向かせられる。

三蔵と視線が絡みあう、紫水晶の瞳は 笑みをたたえて 私を優しく見ていた。




三蔵の顔が 息がかかるほどに 近づいてきて、私は 瞼を閉じた。




唇に 三蔵の愛情を 受けるために・・・・・・・・・。 








------------------------------------------------------------